ひょんなきっかけで、約4年前に陶芸を始めることになった。このきっかけには、いわゆるエネルギーグッズが関係しているので、また別の機会に書いてみたい。
いろんなタイプの教室があると思うが、西国分寺のこの教室は、随時入会可で、定年後のご夫婦が2人で仲良く自由に教えてくださる楽しい教室。
最初、てっきりカリキュラムのようなものがあるのかと思っていたので、戸惑った。
私が想像していたのは、最初は粘土のこね方を教わり、まず、やさしい湯呑みなんかを、見本を見ながら作る、という感じだったのだが、
「何を作りますか?どんな土にしますか?釉薬なんかはどうしますか?絵を描きますか?」といった感じで、全部希望を訊かれる。
きっかけがエネルギーグッズだったので、特に作りたいものがあったわけではなく入会したからかもしれないが、訊かれても思い浮かばない。
で、なんとなく、他の生徒さんの作品を指差し、こんな感じ、とかいって選んだ。
私の「自分が苦手で良く知らないと思っている分野、教えてもらう場面では、まったく主体性がなく相手に任せてしまう。」面が、とても顕になり、ビックリした。
と共に、苦手で、教えてもらう場面であっても、「どうしますか?」と希望を訊いてもらう事が、とてもうれしかったのを覚えている。
あまり自覚していなかったけど、学生という立場だったとき、一方的に教えてもらうという、強烈に受身の姿勢だったんだということに気がついて、驚いた。
カリキュラムに沿って、作るべきものを作る、というやり方には慣れているが、作りたいものを作る、というのには慣れていない。
学生のとき、会社員だったとき、いつもいつも、やるべき事ばかり考えて、やりたい事っていうのが何か良くわからなくなっていた。
なんか、大げさかもしれないが、小さなことをいろいろ自分で自由に選び取っていく、ということを積み重ねていかないと、自分自身がわからなくなっていくんじゃないかな。
親から過度に干渉されて育った子や、社会通念や周りの価値観に合わせて育った子は、やりたい事がわからなくなってしまう。
透視のリーディングにも、やりたい事がわからない、という方が来られる。
小さいことを一つ一つ、選び取っていきながら、自分の自由意志にコンタクトできるようになっていくことが大事だと思う。
セッションでは、それを阻む、他人(やっぱり親が多い)のエネルギーや思い込みを手放すお手伝いをしていきます。
で、話は戻りますが、陶芸教室では自由に決められる事が多くて、選び取っていく訓練がしやすいように思う。
先日作ったマグカップ3種、下手なんですがちょっとご紹介しましょう。
みんな同じ土ですが、形を少しずつ変えています。また、持ち手の所もみな変えました。
このあと素焼きをして、絵を描いて、釉薬をかけて、本焼きして出来上がりです。
どんな絵を描こうかなあ、心に図案が浮かぶまで、目を閉じてカップとコンタクトします。